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OpenAIは、なぜ“赤信号”を灯したのか

2025年12月。
サム・アルトマンは、社内向けの短いメッセージの中で、
「Code Red」――赤信号を意味する最上位の緊急指示を発した。
AI業界では珍しくない「競争の加速」や「話題性の煽り」ではない。
これは、プロダクトの優先順位を根底から組み替えるほどの、
経営トップの“本気の危機認識” だった。
実際、OpenAIはその直後、Soraをはじめとした長期プロジェクトを一時停止し、
広告、ショッピング、個人アシスタントなどの新機能開発も後ろ倒しにした。
会社のリソースを “すべてChatGPTの改善に振り向ける” という異例の方針転換である。
なぜ、そこまでして急がなければならなかったのか?
急な乱気流に巻き込まれたわけでも、業績が悪化したわけでもない。
むしろ、ChatGPTは依然として世界最大のAIユーザー基盤を持ち、
OpenAIはAIスタートアップの象徴的存在であり続けている。
それでも、アルトマンは「赤信号」を灯した。
“OpenAIが恐れた未来”が、すぐそこまで迫っていたからだ。
その未来を動かしていたのは、
モデル性能の勝敗でも、ベンチマークの数字でもない。
Googleが静かに書き換えていた“競争の前提そのもの”――。
記事の核心に近づくにつれ、明らかになるのは、
この「コードレッド」はOpenAIの敗北宣言ではなく、
AI戦争のルールが変わった瞬間に対する、唯一の合理的な反応だったということだ。
OpenAIは何に怯え、何を守ろうとしたのか。
そして、Googleは競争の何を変えてしまったのか。
次章では、その「表向きの理由」から紐解いていく。
表向きの理由:Gemini 3の台頭と“性能の逆転”

OpenAIがコードレッドを発動した背景として、
もっとも分かりやすく語られる理由がある。
それが 「Google Gemini 3 の急激な台頭」だ。
2025年に入り、Gemini 3は複数のベンチマークで
ChatGPT(GPT-5.1)を上回ったと報じられた。
特に顕著だったのは、マルチモーダル理解――
画像・動画・図表・科学的資料を統合して読み解く領域である。
企業向けの高度な文書処理や、非構造化データの解析など、
これまで「OpenAI一強」と思われていた領域でも有力な企業が相次いで採用を発表し、
Geminiが優位に立つケースが増えた。
「性能逆転」――その言葉だけなら、AI業界では珍しくない。
技術は半年ごとにひっくり返る。
OpenAI自身も常に追い抜かれ、追い返してきた。
しかし、今回は違った。
決定的だったのは、性能そのものではなく、
「Geminiが“使われる場所”に直接入り込んだ」という事実だ。
Googleは検索にGeminiを組み込み、
Chromebook、Chromeブラウザ、Google Workspace、Androidにまで浸透させはじめた。
ユーザーは意図せずして、
気づかないうちにGeminiが最初に触れるAIになる仕組みが整いつつある。
「検索する」
「調べる」
「メールを書く」
「ブラウザでページを見る」
日常のすべてが、自然にGeminiの入り口になっていく。
この“配布力”がもたらすインパクトは、
単純なベンチマークの数値とは比較にならない。
数十億人が、Geminiを“選ばずに選ぶ”世界が到来しつつあった。
これは、MicrosoftのCopilotとは決定的に違う。
CopilotはOffice、Teams、Windowsといった
“仕事の中の入口” を押さえに行くアプローチだ。
対してGoogle Geminiは、
「調べる」「検索する」「スマホを触る」という
“思考の最初の一手”そのものを取りに来ている。
OpenAIは、これを無視できなかった。
それは、性能差による焦りではない。
“人の習慣の中心”がGoogleに取り戻される兆候だったからだ。
だが、ここまでがあくまで“表向きの理由”である。
OpenAIが本当に恐れたのは、性能でも市場評価でもなく、
Googleが確実に書き換えつつあった
“競争の前提そのもの”だ。
その前提とは何か。
そして、OpenAIはどんな未来を想像し、赤信号を灯したのか。
本当の理由:争っているのは人間の“入口”である

OpenAIが本当に恐れたものは、
Geminiのベンチマークでも、Googleの莫大な資本力でもない。
それは、
「人はどこから考え始めるか」という“入口”の支配権が、
静かに書き換わりつつあったことだ。
■ 思考には必ず「入口」がある
私たちは、1日の中で無数の意思決定をしている。
知らない言葉を調べるとき
仕事で判断に迷ったとき
資料を書くとき
商品を買う前にリサーチするとき
行動としてはバラバラに見えるが、
実はすべてに共通するプロセスがある。
それは、
「最初の一歩をどこに置くか」 だ。
検索バーに入力するのか。
ブラウザに質問するのか。
ChatGPTを開くのか。
スマホのOSに聞いてしまうのか。
人は“入口にあるもの”に思考を委ねる。
そこにいる存在が、
「何を見せるか」「何を勧めるか」「何を正しいと判断するか」
に、思考の流れごと導かれる。
つまり、
入口を支配する者は、人間の思考の向きを静かに握る。
■ Googleが握るのは「情報の入口」
検索、Chrome、Android。
Googleは20年以上、この3つで世界中の人の「最初の一手」を押さえてきた。
人はまずググる。
ブラウザはChromeを開く。
スマホはAndroidを触る。
この“反射”に近い行動の中に、Geminiが入り込んだ。
しかもユーザーはそれに気づかない。
検索すればGeminiに触れる。
メールを整理すればGeminiが文章を提案する。
Androidの画面を開けばGeminiが背景で動いている。
Googleは、
「人の思考の入り口にAIをデフォルトで配置する」という戦略を実行し始めた。
■ OpenAIが握ろうとしてきたのは「思考の入口」
一方、OpenAIはChatGPTという“意図的に開くAI”で勝負してきた。
ユーザーが何か知りたいとき、
ChatGPTを立ち上げ、質問を投げる。
これは Googleの検索バーとは対照的で、
ユーザーは “自分の意志で入口を選ぶ” 必要がある。
だが2023〜24年、ChatGPTはそのハードルを乗り越えた。
多くの人が「まずChatGPTに聞く」という習慣を獲得し始めたのだ。
ChatGPTが“思考のスタート地点”になった瞬間――
OpenAIはGoogleが長年独占してきた場所を初めて揺さぶった。
だからこそ、
Googleが本気で入口を取り返しに来たことが、
OpenAIにとって最大の危機だった。
■ Code Red とは「入口を守るための非常ブレーキ」
OpenAIは理解していた。
AIモデルの優劣は半年で入れ替わる。
ベンチマークは追いつける。
資金力もパートナーシップも十分に確保している。
だが、
“人の思考の入口”だけは、一度奪われたら取り戻せない。
人は習慣によって生きている。
一度「ググる」から「Geminiに聞く」へ移行したら、
戻ってくる理由はない。
入口は、奪われた瞬間にゲームが終わる。
だからOpenAIは、
Soraを止め、エージェントを後ろ倒しにし、
社内リソースを“すべてChatGPTの改善”へ向けた。
それが、Code Red。
AI技術戦争ではなく、
思考の入口をめぐる戦略戦争。
OpenAIが守ろうとしたのは、
「どのAIが人の“最初の一分”を握るのか」という、
未来の意思決定の基盤そのものだった。
入口を制するAIとは何か

ここまで読んで、
「結局、性能が一番高いAIが勝つのでは?」
そう感じた読者もいるかもしれない。
だが、現実は逆だ。
性能だけでは、入口にはなれない。
■ 入口とは「使われ続ける理由」である
どれほど賢くても、
どれほど正確でも、
使われなければ意味がない。
入口とは、
「最初に開かれる場所」であり、
同時に「何度も戻ってくる場所」だ。
その条件は、驚くほど人間的である。
すでにそこにある
無意識に使ってしまう
学習コストがない
行動を止めない
つまり、
人の習慣に“溶け込めるか”どうか。
■ デバイスと習慣に溶けるAIが強い
Googleが強い理由は、
検索、Chrome、Androidという
生活そのものに組み込まれた導線を持っているからだ。
スマホを開く。
検索する。
地図を見る。
メールを書く。
そのすべてにGeminiが自然に介在する。
一方、OpenAIは
「意識的に開くツール」から出発した。
だが、ChatGPTは進化することで
“考える時に開く場所” へと変貌した。
ここに、決定的な違いがある。
■ 本当の勝負は「意思決定を代行できるか」
入口を制するAIに必要なのは、
単なる情報提供ではない。
「次に何をすべきか」を示せるかどうか。
情報を並べるだけで終わるのか
選択肢を整理してくれるのか
判断の理由を言語化してくれるのか
決断を後押ししてくれるのか
人は本当は、
「知りたい」のではなく、
「決めたい」 のだ。
この「意思決定の肩代わり」ができた瞬間、
AIは“便利なツール”から
“認知の一部”へと昇格する。
■ 三社三様の「入口戦略」
ここで、主要プレイヤーを整理してみよう。
Google:生活の入口
検索、地図、ブラウザ、スマホOS。
Googleは人の生活動線そのものを抑えている。
Geminiはその中に自然に溶け込み、
「考える前にそこにいるAI」 を目指している。
OpenAI:思考の入口
ChatGPTは「問いを投げる場所」だ。
自分の考えを言語化し、整理し、決断に変える。
OpenAIが狙っているのは、
“人が迷った瞬間に開く場所” である。
Apple:デバイスの入口
まだ全貌は見えていない。
だがAppleは、
OS・ハード・UXを一体で設計できる唯一の存在だ。
AIが前面に出ないまま、
「気づいたらAIが判断していた」世界を作る可能性がある。
■ 覇権争いではない。認知インフラの再定義だ
この競争を
「どの会社が勝つか」という視点だけで見ると、
本質を見誤る。
起きているのは、
人間の“考え方のインフラ”が書き換えられているという事実だ。
何を調べるか
どう比較するか
どう決断するか
これらが、
個人の頭の中ではなく、
AIとの対話の中で形成され始めている。
入口を制するAIとは、
人間の認知に最も深く入り込んだ存在のことだ。
OpenAIのコードレッドは、
この流れを誰よりも早く察知した
“インフラ防衛のための決断”だった。
私たちは“どのAIと生きるか”を選ぶ時代に入った

OpenAIのコードレッドは、
経営危機でも、敗北宣言でもない。
それはむしろ、
「AIが、人間の思考そのものを取りに来た」
という時代に突入したことを示す象徴的な出来事だった。
AIは、
単なる作業効率化のツールではなくなった。
検索を速くする存在でも、文章を書く補助輪でもない。
「考える前に、そこにいる存在」
それが、これからのAIだ。
■ 問われているのは「どのAIを使うか」ではない
これからビジネスパーソンに突きつけられる問いは、
「GPTか、Geminiか、Appleか」
という表面的な比較ではない。
本質はもっと深い。
「あなたは、どこから考え始める人間でいたいのか?」
調べる前に、誰に聞くのか
迷ったときに、どこに立ち戻るのか
判断に時間がかかるとき、何に思考を預けるのか
それを、無自覚のまま企業に委ねるのか、
自分の意志で選ぶのか。
■ ビジネスパーソンが、いま取るべき3つの行動
① 自分の「入口」を決める
ChatGPTを開く人間でいるのか。
検索から始める人間でいるのか。
OSに判断を委ねる人間でいるのか。
これはツール選びではない。
思考の癖を選ぶ行為だ。
② AIを“判断プロセスの一部”に組み込む
AIを使う人と、
AIと一緒に考える人の間には、
決定的な差が生まれる。
比較
構造化
仮説検証
決断の言語化
これらをAIと共に行うことで、
人間の意思決定は、速く、深くなる。
③ AIの変化を「毎週」追う
AIは年単位では進化しない。
週単位で前提が変わる。
追わない人は、
気づいた時には
“思考の入口”ごと他人に渡している。
■ Code Redが示した、ひとつの未来
OpenAIが恐れた未来とは、
Geminiが勝つ世界ではない。
人が「考えること」を始める場所が、
自分たちの手を離れてしまう未来だ。
だから彼らは赤信号を灯した。
技術ではなく、
人間の思考の入口を守るために。
AI戦争の勝者は、
最も賢いモデルを作った企業ではない。
最も多くの人の
“最初の1分”を奪った企業になる。
そして私たちは今、
その1分を
どのAIに預けるかを選べる、最後の世代なのかもしれない。