3分名著シリーズ

『人を動かす - 2025年アップデート版』デール・カーネギーと最新エビデンス

目次

Why Carnegie, Why Now?

──なぜ今、再び『人を動かす』なのか?

「人間関係の悩みをなくす方法を、学校では教えてくれない」
――デール・カーネギー『人を動かす』

◆ あれから90年。時代は変わったのに、人の心は変わっていない。

1936年に刊行されたデール・カーネギーの『人を動かす』は、今なお世界中で読まれている自己啓発の原点だ。
批判しない、誠実に褒める、相手の立場に立つ。
書かれていることはどれも、今さら説明するまでもない“当たり前”のように見えるかもしれない。

でも、2025年の私たちは、本当にそれを「実行」できているのだろうか?

コロナ禍以降、私たちの働き方や人間関係は劇的に変わった。
リモートワーク、非対面営業、チャットツールでのやり取り。
便利になった反面、「人と人との温度」が失われていく感覚を、あなたも感じていないだろうか。


◆ デジタル時代の“非言語コミュニケーション”とは?

これまで「非言語コミュニケーション」といえば、表情・声のトーン・身振り手振りといった“身体”を介した情報が中心だった。
だが、テキストと画面越しの会話が主流になった今、新たな「身体言語」が生まれている。

それが、デジタル身体言語(Digital Body Language)という概念だ。

たとえば、以下のような行動が、すべて“あなたの印象”に直結する:

  • 絵文字の使い方(🎯と❤️、どちらが“熱意”を伝えるか?)

  • チャット返信までのラグ(即レス=安心、既読スルー=不信)

  • 名前を呼ぶかどうか(“さん”付け or ハンドル名 or 無記名)

  • 返信で何を「拾う」か(話題のどこに共感するか)

これらは表情以上に“意図”を伝える非言語メッセージであり、今や対人スキルの一部なのだ。

実際、ビジネスリーダーの64%が「良いコミュニケーションがチームの生産性を高めた」と実感している
という調査もある(出典:Pumble.com, 2024年レポート)。


◆ いま再び、“好かれる技術”が武器になる時代

かつては、組織の力やポジションが「人を動かす」原動力だった。
だが、現代のリーダーやビジネスパーソンは、肩書きではなく“影響力(インフルエンス)”で人を動かす必要がある。

そしてその基盤になるのが、まさにカーネギーが説いた人間理解の原則だ。

  • AIとどう共創するか

  • SNSでどう好印象を築くか

  • オンラインでどう「信頼される人」になるか

これらはすべて、“人を動かす”スキルのアップデート版だ。
この記事では、カーネギーの古典的原則を軸に、最新の脳科学・心理学・デジタル実践知と掛け合わせて、再解釈していく。


◆ こんな人にこそ届けたい

この連載は、以下のような人にこそ読んでほしい。

  • リモート環境でも信頼される“伝え方”を知りたい人
  • SNS・Slack・Zoomなど「デジタル場面」での人間関係に悩んでいる人
  • チームを率いるリーダーとして“人を動かす力”を磨きたい人
  • 「いい人止まり」から抜け出し、周囲を動かす言葉を手に入れたい人

◆ カーネギーは“優しさ”の本ではない

よく誤解されるが、『人を動かす』は「人に好かれるための優しい言葉」だけを書いた本ではない。
むしろ、どうしたら自分の想いを、行動に変えてもらえるのか?を徹底的に考え抜いた“戦略の書”でもある。

この時代だからこそ、もう一度読み直してみよう。
人の心を、尊重しながら動かすために。

「相手の立場に立つ」。
シンプルだが、最も難しい。そして、最も強い影響力を生む技術である。


次章からは、1つ1つの原則を“現代の文脈で”アップデートしていきます。
第1章のテーマは「批判しない」──脳と心が“防衛モード”になるメカニズムから解き明かします。

【第1章】“批判”はなぜ人を遠ざけるのか?

──沈黙の扁桃体、共感の海馬。

「人を動かすには、まず相手を非難しないことから始めよ」
――デール・カーネギー


◆ いま、世界は「正しさ」であふれている

SNSで見知らぬ誰かを一刀両断するツイート、
職場での「もっと早く言ってよ」のひと言、
パートナーとの口喧嘩でつい出てしまった“それ見たことか”――。

言葉にすると、たった数秒。
けれど、それが人の心に与えるダメージは、想像以上に深い。

実際、批判を受けたとき、人の脳では“危険回避モード”が作動することがわかっている。
fMRI(機能的MRI)を用いた研究では、人が批判や非難を受けるとき、扁桃体が強く反応し、まるで「敵に出会ったときのような防衛反応」が引き起こされる(The Journal of Neuroscience, 2016)。

つまり、あなたが「論理的に正しいこと」を言ったとしても、相手の脳は“攻撃された”と感じてしまう
その瞬間、対話は途切れ、信頼の回路は閉じてしまうのだ。


◆ 共感とは、“痛みを共有する”行為である

では逆に、どうすれば相手の心を開けるのか?
鍵となるのが “共感(Empathy)” である。

最新の神経科学では、他者の痛みを想像して共感するだけで、脳内に「安定的な社会的近接」を形成する反応が見られることが報告されている(JNeurosci, 2021年)。

  • 他者が苦しんでいるとき、その痛みに共鳴する領域(前帯状皮質・島皮質)が活性化

  • 同時に、報酬系(内側前頭前皮質・海馬)も活動し、「つながれている」感覚をもたらす

  • これにより、一時的ではない長期的な親近感や信頼感が形成されやすくなる

つまり、“痛みに寄り添う”という行為は、脳科学的に見ても「人を動かす」土台になるのだ。


◆ カーネギーが語らなかった「脳」から見た共感戦略

カーネギーは「批判するな」と言ったが、その根底には「相手の感情の安全地帯を守れ」という本質がある。
今の私たちは、そこにさらに 科学の裏付けと具体的な技術を加えることができる。

🔸現代版・“批判しない”3つのアプローチ

アプローチ具体行動脳への効果
1. 観察と感情を分ける「◯◯が遅れていた」+「私は不安だった」感情の主体が自分になることで、相手は防衛反応を起こしにくい
2. “わかるよ”を言葉でなく場面で示す相手が責任を感じている時こそ、姿勢や沈黙で寄り添う共感回路が作動し、自己防衛モードが鎮まる
3. 未来志向で終わる「次どうしたい?」と問いかける報酬系が活性化し、“再挑戦”への動機づけになる

◆ 小さな共感が、信頼のタネになる

一度壊れた信頼を取り戻すのは難しい。
でも、相手がミスをしたとき、落ち込んでいるとき――
そんな“人間らしい瞬間”こそが、信頼を深める最大のチャンスでもある。

批判は一瞬で終わる。
でも、共感は相手の記憶に残る。

言葉ではなく、「理解しようとする姿勢」。
それがあなたの信頼資本を育て、
結果的に“人を動かす力”となっていくのだ。


◆ 実践ワーク|「批判したくなったとき」のセルフプロンプト

今、この言葉を言ったら、 相手の行動が変わるだろうか?
それとも、心が閉じるだろうか?

もし答えが後者なら、
その言葉は、あなたの中で「まだ熟していない感情」かもしれない。
まずは、その感情にあなた自身が寄り添ってみてほしい。
そして、それが相手にも必要な“余白”になることを思い出してほしい。

【第2章】なぜ、たった一言の「いいね」が人を動かすのか?

──脳は「称賛」をご褒美として受け取る。

「心からの賞賛ほど、人の心に響くものはない。お世辞やへつらいではない、率直で誠実な言葉だ。」
――デール・カーネギー


◆ “褒める”は技術であり、戦略である

仕事でも、家庭でも、SNSでも。
「いいですね」「さすがです」「お見事」――そんな言葉をもらって、少し心が動いた経験は誰にでもあるはずだ。

たった数語の“賞賛”が、人の心を動かし、行動を変える。
それはなぜなのか? 科学は、その仕組みをすでに明らかにしている。


◆ 称賛は「脳のご褒美」

神経科学の研究によれば、人が他者から賞賛や感謝の言葉を受けたとき、脳内ではドーパミンとオキシトシンが分泌される
これは、報酬系(脳の快楽中枢)と社会的結びつきを司る系統が同時に反応していることを意味する。

  • ドーパミン:達成感・やる気に関連し、称賛でモチベーションが向上

  • オキシトシン:「信頼ホルモン」とも呼ばれ、親近感や安心感を高める

つまり、人は“褒められること”によって、もっとその人の期待に応えようとするようになる
賞賛はただの言葉ではなく、脳を動かす“社会的ご褒美”なのだ。


◆ 「褒め方」には文化差がある

ただし、どんな言葉でも“褒めればいい”というわけではない。
特に日本人は、「褒められると、むしろ気まずくなる」と感じやすい文化背景がある。

2023年に発表されたシステマティックレビュー(褒め言葉の文化的受容に関する文献調査)では、以下のような傾向が整理された(ResearchGate, 2023):

文化圏褒め言葉の受け止め方主な特徴
欧米圏「自分の努力・成果」への明確な評価として受け入れる“Thanks!”で即受容、自己肯定感と接続しやすい
東アジア圏「期待されている」「照れくさい」「本音じゃないかも」謙遜・否定から入る習慣、真意を測ろうとする傾向

このため、「誠実で具体的な称賛」が必要になるのが日本的コミュニケーションの特徴とも言える。


◆ 誠実な賞賛の“型”を持とう

では、どうすれば「相手の心に届く」賞賛を届けられるのか?
ポイントは以下の3つだ。

🔹1. “観察”に根ざす

×「すごいですね」

○「資料の構成が論理的で、特に導入の問いが効果的でした」

事実→評価の順にすることで、お世辞ではなく“誠実な観察”になる。

🔹2. “具体性”を込める

×「良かったです」

○「最初の5分で空気を和らげた話し方、あれ真似したいくらいです」

→ 相手が“どこを評価されたのか”を明確にすることで、信頼が深まる。

🔹3. “願望”を添える

✗「さすがです」

○「そのやり方、僕も真似していいですか?」

“あなたの行動に価値がある”というメッセージを伝えることで、称賛は「一方通行」ではなくなる。


◆ 称賛は“心理的安全性”の最小単位

職場でも家庭でも、「褒められることが当たり前」な文化はそう多くない。
むしろ、称賛がないことに慣れきってしまっている人ほど、「褒める側になる」ことで関係を変えていける。

称賛とは、相手に「あなたはここにいていい」と伝えるサインである。
そしてそれは、心理的安全性の最小単位なのだ。


◆ 実践ワーク|「3ステップ称賛テンプレート」

褒めるのが苦手な人のために、以下のフォーマットを用意しました:

①観察: どんな行動・表現が印象的だったか?
②共感: なぜそれが良いと思ったのか?(自分の感情で語る)
③願望: それに影響を受けて、自分がどうしたいか?

例:
「プレゼンの冒頭で静かに間を取ったのが印象的でした。緊張感が伝わってきて、思わず引き込またので今度自分も、ああいう“間の使い方”を真似したいと思いました。」
具体的に褒めることを意識していきましょう!

【第3章】“欲しい”は、価値を感じたときに生まれる

──Relational Value(関係価値)という新しいレンズで人を見る。

「人を動かしたければ、相手が何を欲しているかを理解せよ。
自分のことはひとまず脇に置くのだ。」
――デール・カーネギー


◆ 人は、自分の“価値”を見てくれている人の声に耳を傾ける

「どう伝えれば、相手は動いてくれるのか?」
これは多くのリーダー、営業、親、教育者が抱える問いだ。

けれど、実はその前に問うべきことがある。
「相手はあなたをどう見ているか?」
もっと言えば、「あなたの言葉に価値を感じているか?」である。


◆ Relational Value(関係価値):人は“誰に言われたか”で動く

2024年に発表された神経科学研究によると、
人は他者と接している間、無意識のうちに「この人は自分にとってどんな価値があるか?」を脳が常時モニタリングしていることがわかった(News-Medical.net, 2024)。

  • たとえ内容が同じでも、“評価してくれる人”の言葉の方が脳内で報酬反応が強い

  • この「関係価値(Relational Value)」が高い相手の言動は、学習・行動変容に強く影響する

  • 脳は「正の結果」だけでなく、「その人とのつながり」を重視して判断している

つまり、人は“何を言われたか”よりも、“誰に言われたか”で動くということだ。


◆ 「欲求」は“つながり”から生まれる

カーネギーは「相手の欲求を喚起せよ」と言った。
しかし現代の研究が示すのは、「相手が自分を価値づけてくれていると感じたとき、初めてその人の提案や働きかけに欲求が生まれる」というプロセスだ。

たとえば、こんな経験はないだろうか?

  • 特に尊敬している先輩に「お前ならできるよ」と言われて、やる気が湧いた

  • 評価してくれない上司の指示には、気持ちが動かなかった

  • SNSで「いつも見てます」のひと言が、行動のスイッチになった

これはまさに、Relational Value によって“欲求のスイッチ”が入る瞬間なのだ。


◆ “欲求を喚起する”3つのトリガー

🔹1. 「あなたのこと、ちゃんと見てるよ」

→ 観察・称賛・フィードバック。
→ 自分の存在が“相手にとって意味がある”と感じさせることで、心が動き始める。

🔹2. 「あなたの未来に期待してる」

→ 「これから、もっとこうなる気がする」
→ 現状ではなく、“可能性への信頼”が内発的動機を刺激する。

🔹3. 「一緒にやりたい」

→ 単なるお願いではなく、「あなたと組みたい」というメッセージにする。
→ 関係の中での役割提示が、行動の意味を育てる。


◆ カーネギー原則 × Relational Value の活かし方

カーネギーの教え現代の応用例
相手の欲求を喚起する「あなたの○○な姿勢が、こういう場面で活きると思った」
→ 相手を見た上で、具体的な期待を伝える
自分の話より、相手の関心に寄り添うミーティングで「あなたが今注目していることを教えて」と振る
→ “話題の主導権”を相手に

行動の原動力は“関係の中での意味”にある。
その意味を渡せたとき、人は自ら動きたくなる。


◆ 実践ワーク|「欲求を引き出すフィードバック・テンプレ」

①あなたの◯◯なところが、(観察)
②こんな場面にハマる気がしている(期待)
③一緒に考えてみてもらえない?(関係の提案)

例:
「あなたの“段取り力”、いつも見ていてすごいなと思ってた。
今度のプロジェクトで、その力が活きる気がしてるんだ。
いっしょに構成を考える時間、少しだけもらえない?」


◆ 影響力とは、“信頼の蓄積”である

「どう言うか」の前に、「誰が言うか」。
その“誰か”になるには、相手の価値を信じ、見続けることが先に必要だ。

欲求を喚起するとは、命令ではない。
信頼のなかで生まれる“可能性への共鳴”なのだ。

【第4章】「好かれる人」は、相手の脳と“同期”している

──好かれる6つの原則を、科学でアップデートする。

「人に好かれたければ、まず相手に関心を示せ」
――デール・カーネギー


◆ “好かれる技術”は、決して生まれつきではない

あなたの周りに、なぜか誰からも好かれる人はいないだろうか?

彼らは特別な才能を持っているわけではない。
ただ、ある種の「行動習慣」を持っているだけだ。

カーネギーはそれを次の6つにまとめた:

  1. 相手に関心を持つ
  2. 笑顔を忘れない
  3. 名前を覚える
  4. よく聴く(相手に話をさせる)
  5. 相手の関心のある話題に触れる
  6. 重要感を与える

これらは今なお本質的な原則だ。
だが、2025年の今、私たちには“脳”と“デジタル”という新しい視点から再検証するチャンスがある。


◆ 好かれる人は、脳を「同期」させている

最近の研究によって、“好かれる人”の特徴がより明確になってきた。

2022年、Nature誌などに掲載された視線追跡×脳波(EEG/fNIRS)による共同研究では、お互いの視線が合い続けているとき、人間の脳は“自然と同期状態”に入ることがわかっている(Nature Human Behaviour, PMC, 2022)。

  • 視線の一致(アイ・コンタクト)が生まれると、前頭前野・側頭葉の活動が同期し、共感的理解が深まる

  • この同期状態にあると、会話の理解力や記憶定着率が高まる

  • 特に、“自分の話を聴いてくれている”という感覚が強化される

つまり、「好かれる」とは、相手と“脳でつながる”状態だといえる。


◆ 6つの方法 × 現代アップデート

では、カーネギーの6原則を、デジタル社会・脳科学の観点からどう再定義できるか。以下に整理する。

原則現代の補足実践のヒント
① 相手に関心を持つアルゴリズム社会では“文脈リーディング力”が信頼に相手のSNS投稿を1つ読み、そこから話題を出すだけで関心が伝わる
② 笑顔を忘れないオンラインでは表情の微差が読み取りづらいカメラオンで「声のトーンとテンポ」で“笑顔”を届ける
③ 名前を覚える名前は“アイデンティティ”を象徴する音メールやチャット冒頭に必ず名前を添える(例:「◯◯さん、おはようございます」)
④ よく聴く“目線の一致”が脳同期を促進するオンライン会議中、アイコンタクト意識して話を聴く(カメラ位置=相手の目)
⑤ 相手の関心のある話題に触れる「あなたの時間軸に乗る」ことが最大の共感相手の今の関心ごとや悩みに沿った話題を探す(例:週末予定・子ども・最近の仕事)
⑥ 重要感を与えるRelational Valueを高める発言を意図的に「あなたにお願いしたい」「一緒にやれて嬉しい」など関係の“意味”を言葉にする

◆ 好かれる人は、“自分の話を減らす”

6つのうち、実は最も効果的なアクションが「傾聴」だ。
そしてそれは単なる“黙って聞く”ではない。

視線を合わせる。
うなずく。
相手の言葉を繰り返す。
問い返す。
文脈を受け取り返す。

これらが揃ったとき、人はこう感じる。
「この人は、ちゃんと“私”を受け取ってくれている」

カーネギーは言う:

「聞き手にまわれば、あなたは数倍魅力的な人に見える」

これはもう、心理だけでなく脳科学的にも証明されている。
“傾聴”こそが、最も強力な「好かれる技術」なのだ。


◆ 実践ワーク|「傾聴スイッチ」チェックリスト

Zoom・対面問わず、会話の冒頭で以下の3つを意識してみよう。

カメラ位置は相手の“目”の位置に合わせているか?
相手が話した内容を、言い換えて返せたか?
“それってつまり…”の一言を挟めたか?

これだけで、「話しやすい人」「信頼できる人」という印象に変わる


◆ 好かれるとは、先に“与える”こと

人は、自分のことを理解してくれた人に、心を開く。
そしてその始まりは、“私はあなたに関心がある”という一方通行の行動からだ。

好かれたいなら、まず相手を好きになろう。

それが、今も昔も変わらない原則であり、
脳と心に響くコミュニケーションの第一歩なのだ。

【第5章】“勝った”瞬間に、信頼は失われる

──議論ではなく、味方を得よ。

「人は論理では動かない。ましてや、論破では動かない。
敵をつくるより、友を増やせ。」
――デール・カーネギー


◆ なぜ、“正しさ”を主張すると孤立するのか?

  • 反論したのは事実に基づいた話だった
  • 論理的に冷静に説明したつもりだった
  • 自分の方が明らかに“正しい”と確信していた

…それでも、相手は離れていった
こうした経験は、あなたにもあるかもしれない。

その理由は、人の脳が“拒絶”をどれほど深く記憶してしまうかにある。


◆ 社会的拒絶は“学習される”

2024年、USC(南カリフォルニア大学)の研究チームは、次のような発見を発表した(EurekAlert, 2024):

社会的拒絶を受けた脳は、「誰に」「どんな場面で」それが起きたかを詳細に記憶し、次の人間関係に活かそうとする

これはつまり、拒絶は“痛み”としてだけでなく、学習素材として脳に焼きつくということだ。

  • fMRIで、拒絶体験後の脳は 扁桃体(感情の記憶)海馬(状況の記憶)が同時に活性化
  • 拒絶を受けた人は、その状況に似た場面でより慎重に、共感的な行動を取ろうとする傾向が高まる
  • 逆に、“拒絶した側”は脳内での報酬系反応が少なく、関係構築に失敗するパターンが増える

つまり、「議論に勝った」は短期的にスッキリしても、長期的には“学習される拒絶者”になってしまうのだ。


◆ 「味方を得る」には、どうすればいいのか?

カーネギーの原則は、感情的な温かさだけを語っているのではない。
むしろ戦略的に“関係をつくる技術”に近い。

🔹現代における「味方のつくり方」3ステップ

ステップアクション脳への影響
1. 意見の一致点を先に探す「まずここまでは、完全に共感してる」安心感(扁桃体の鎮静)、共感の回路が開く
2. 相手に話させる「もしよければ、どうしてそう思ったのか、もう少し聴かせて」自己開示を促すことで、報酬系が活性化
3. “問い”で終える「じゃあ、次はどうすればいいと思う?」課題の共同所有が生まれ、前頭前野が活性化(共創モード)

◆ “議論に勝たない”とは、“自分を殺す”ことではない

誤解してほしくないのは、「自分の意見を言わない」ことがカーネギーの教えではないということ。

むしろ重要なのは、“自分の正しさ”を“相手の成長”につなげる視点を持つことだ。

❌「そのやり方は違うよ」
✅「なるほど。そこからどう進めたいと思った?」

この“問いかけ”の余白が、
相手の思考を深め、
関係性を壊さずに意見を伝える道となる。


◆ 実践ワーク|「反論したくなったとき」のトリガー転換テンプレ

反射的に反論したくなったとき、こう問いかけてみよう:

💬「この違いに、“好奇心”を持てるとしたら、どこから訊く?」
💬「この人の中にも、どこか自分と似た“背景”はないか?」

これだけで、対話のトーンは変わり始める。
相手の扉を開くのは、“勝とう”としたときではなく、“聴こう”としたときだ。


◆ 勝つより、大切なもの

たとえ相手の意見が間違っているように見えても、
相手の尊厳を否定していい理由にはならない。

人は論破では動かない。信頼でしか動かない。

カーネギーの原則は、そのことを今も変わらず、静かに語りかけている。

【第6章】「イエス」を重ねると、信頼は雪だるま式に育つ

──同意の連続が、行動のスイッチになる。

「まず相手に“イエス”と言わせよ。
人は、自分の一貫性を保とうとする生き物なのだ。」
――デール・カーネギー


◆ 説得とは、相手の中にある“すでのYES”を育てること

「最初は否定的だったのに、気づいたら“やってみようかな”と思っていた」

そんな瞬間の裏側には、“小さなイエス”の積み重ねがある。
これがまさに、カーネギーの言う「Yes-Yes法」の核心だ。


◆ Cialdini原則の再検証:“説得”は信頼とセットで機能する

2024年の研究(ResearchGate)では、Cialdiniの6原則(社会心理学における説得法)が、「信頼」や「リスク認知」とどう相互作用するかが実験的に検証された。

  • イエスを重ねる「一貫性原理」は、相手との信頼関係があるときにのみ強く作用する

  • 信頼が低い状態では、連続した“Yes”は「誘導されている」という警戒感を呼びやすい

  • 特に情報セキュリティ文脈では、「あなたのため」と言いながら選択肢を狭めると、逆効果になることも

つまり、説得とは“技術”ではなく“信頼”に乗って初めて機能する行為なのだ。


◆ “YES”を生み出す3ステップ

説得の成功率を高めるために、次の3ステップを意識しよう:

ステップ内容意図
① 共通認識の可視化「私たち、ここまでは同じ想いですよね」初期のYESを安全に共有する
② 小さな決断の提案「この部分だけ、まずやってみませんか?」試してもらう→自発的なYESへ
③ 選択の余地を残す「もちろん、違う方法も一緒に考えられます」主導権を相手に戻すことで安心感を生む

◆ YESとは、信頼のマイルストーン

“YES”という言葉には、単なる承諾以上の意味がある。
それは、「私はあなたの提案を信じてみよう」という、関係への合意表明でもある。

だからこそ、YESの数=あなたの信頼貯金なのだ。
このことを忘れずに、焦らずひとつずつ積み重ねていこう。


◆ 実践ワーク|「YESの設計」ミニテンプレ

① 相手の立場から共通の前提を確認
→「まず、今の課題は◯◯だという点では一致してますよね?」

② “具体的で小さな行動”を提案
→「最初に、10分だけ意見交換の場を設けてみるのはどうでしょう?」

③ “他の選択肢もある”ことを添える
→「もし難しければ、他の方法も一緒に考えます」


【第7章】リーダーの言葉より、“空気”が人を動かす

──指導者の九原則 × ハイブリッド時代の設計力

「優れたリーダーは、人に命じない。
人が自ら動きたくなる“空気”をつくる。」
――再解釈・デール・カーネギー


◆ リーダーの最大の仕事は、“場”をつくること

かつてのリーダー像は「指示する人」「導く人」だった。
だが、チームのあり方がリモートとオフラインの“ハイブリッド”になった今、求められる資質は変わってきている。

それは、人の思考と感情が自然と流れ出す“場の設計者”としてのリーダーである。


◆ 脳活動は「場」によって変わる

2022〜2024年の複数の研究では、オンラインと対面でのリーダーとの会話時に、脳の反応に明確な違いがあることが示された。

  • 対面時:視線、姿勢、空間の雰囲気が“安心感”として伝わり、脳波が共鳴しやすい(いわゆる“場の力”)
  • オンライン時:言語・視覚情報に依存するため、言葉選び・表情・間の取り方が影響力を左右する
  • “脳の同期”が高いチームほど、協力行動が増えるという研究も報告されている(Nature, 2023)

◆ デジタル身体言語を操るリーダーが“空気”を制す

Atlassianの調査(2024)によると、Z世代は**「デジタル空間でも“空気が読める人”を信頼する」**傾向が強いという。

身体言語の代替リーダーの工夫
絵文字・スタンプの使い方信頼感 or 圧力、どちらにもなりうる(例:👏が命令に見えることも)
返信の速さ・文体即レス・言葉の柔らかさが“安心の空気”を作る
カメラオン時の目線・間「沈黙」を“考える余白”として演出できるかが影響力になる

◆ “九原則”を現代風に読み替える

カーネギーが挙げた「人を変えるための九原則」も、現代にあわせてアップデートできる。

原則現代の訳し方
1. 欠点を指摘するなミスは“問い”で返す:「どうしたらもっと良くなると思う?」
2. まず認める自分の非や失敗をさらけ出せるリーダーが、信頼される
3. 質問で導く「どう思う?」がメンバーの脳をアクティブにする
4. 顔を立てる成果を人前で取り上げ、「あなたのおかげ」と言う
5. 小さな進歩を褒める過程を見てくれている=Relational Valueの強化
6. 期待をかける「きっとできる」と言われた記憶は、行動の源になる
7. 任せる自由度を高めると、主体性と創造性が伸びる
8. 喜びの雰囲気をつくる雑談や笑いのある会議が、脳の創造ネットワークを活性化
9. 成長を信じる相手の可能性を見抜き、それを言葉にする

◆ 実践ワーク|「リーダーとして“空気を整える”3つの問い」

  1. この場に、“安心して発言できる余白”はあるか?
  2. 最後に“賞賛 or 感謝”で締めくくれているか?
  3. 相手が「自分の存在が意味ある」と感じられているか?

【第8章】Influence Playbook 2025

──“人を動かす”とは、小さな信頼を積み重ねること。

「影響力は、言葉の力ではなく、習慣の蓄積である。」
――現代版カーネギーより


◆ 「人を動かす力」は、日常のなかでこそ磨かれる

デール・カーネギーの原則は、特別な場面だけのものではない。
むしろ大切なのは、何気ない日常のふるまいに、信頼と共感を込められるかどうかだ。

だからこそ、今この瞬間から実践できる5つの“マイクロ行動”を紹介したい。
これが、2025年の新しい“影響力の教科書”となる。


◆ ①「朝 90 秒称賛」──始業前の“感謝のひと言”がチームを変える

朝いちばん、誰かに30〜90秒で「昨日よかったこと」を伝える。
・Slackで一言でも
・口頭でさらっと
・付箋に手書きでもいい

これは単なる気分の問題ではなく、オキシトシンとセロトニンの分泌を促す脳科学的な“接着剤”となる。
(出典:Helping Feels Good, Knowing Neurons, 2023)


◆ ②「Weekly Help-First Cue」──週1回、自分から“助けを申し出る”習慣

「何かできることある?」
この一言を、週に1度だけ誰かに投げかける。
ポイントは、頼まれていないのに先に動くこと。

研究でも「助けること」が脳の報酬系を活性化し、自己効力感・幸福感・信頼感の三重効果をもたらすことが示されている。


◆ ③「Zoom:目線一致 3 秒ルール」──デジタル会議の信頼スイッチ

オンラインでは、視線が一致する時間が“脳の同期”をつくる
冒頭の3秒だけ、カメラを見る(=相手の“目”を見る)ことを意識しよう。

それだけで、相手の安心感と共感度は格段に高まる。


◆ ④「Slack:名前+具体的感謝」──名前を呼ぶことは、“あなた”を認める行為

「ありがとう」だけで終わらせず、
「◯◯さん、あの資料の構成、本当に助かりました」と伝える。

名前+具体性+感情
これが感謝を“社会的報酬”として成立させる三原則


◆ ⑤「フィードバックは“三段ロケット”で」──否定せずに伸ばす方法

伝えるときはこの順で:

①事実観察:「◯◯の場面で…」
②影響共有:「あれで助かった/気になった」
③未来提示:「次はこうなるともっと良くなると思う」

この構造で伝えると、相手は防御ではなく“改善モード”で受け止めてくれる。


◆ おわりに|“人を動かす”とは、“自分を整える”こと

カーネギーの原則を科学と照らし合わせることで見えてきたのは、
結局のところ、人を動かすのは「技術」ではなく「信頼と習慣」だという事実だった。


最終まとめ|現代版『人を動かす』10の原則

#原則現代のアップデート視点
1批判しない扁桃体を刺激しない=共感が信頼の起点
2誠実な賞賛賞賛はオキシトシンを生む“社会的報酬”
3欲求を喚起するRelational Valueを感じた相手に人は動く
4好かれる6つの方法脳波同期・デジタル身体言語がカギ
5議論に勝たない拒絶は学習される=関係に残る痛み
6“イエス”を積み重ねる説得は信頼に乗って初めて成立する
7指導者の九原則リーダーとは“空気を整える人”である
8Influence Playbook習慣が影響力を育てる“仕組み化”が未来の鍵

◆ 最後の問い

あなたが、明日から取り入れられる「影響力のマイクロ行動」は、どれですか?

たった一つでもいい。
誰かに“心を寄せる習慣”が、あなたの周りに小さな波紋を生んでいく。


ここまでお付き合いありがとうございました。
このシリーズが、あなた自身の「人間関係の可能性」を再発見するきっかけになれば幸いです。

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まっきー

「マキログ」は、身体を鍛え、心を整え、思考を磨く——そんな“日々の実験”を記録するブログです。 本の要約や海外インフルエンサーの翻訳を通して、内側から人生を整えていく感覚を綴っています。

-3分名著シリーズ