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新「ウォー・フォー・タレント」|2026年からの採用戦略

ウォー・フォー・タレントは終わったのか?

 

人手不足だ、とどの業界でも叫ばれている。
費用をかけ、求人は出している。
条件も、昔より悪くない。
それでも——採用は、なぜかうまくいかない。

高待遇を提示しても、応募が来ない。
ようやく採用できたと思ったら、数か月で辞めてしまう。
現場は疲弊し、採用担当は理由を探し続ける。

不思議な状況だ。

「人が足りない」と皆が言っているのに、
誰も“勝っている感じ”がしない。

企業は戦っている。
広告を打ち、条件を上げ、競合を意識し、必死に人を取りにいく。
けれどその戦いは、消耗戦にしか見えない。

ここで、ひとつ問いを投げてみたい。

それは、本当に“人がいない”からだろうか。
それとも——戦い方が、2000年代のままだからではないだろうか。

かつて「ウォー・フォー・タレント(人材獲得競争)」という言葉が生まれた。
優秀な人材は希少で、企業は奪い合わなければならない。
その前提は、当時としては正しかった。

だが、2026年を迎えようとしている今、
私たちは同じ地図を手に、まったく違う世界を歩いている。

それでもなお、
古い戦争のやり方で、勝とうとしていないだろうか。

この文章は、
「ウォー・フォー・タレント」を否定するためのものではない。
むしろ、その思想を引き継ぎながら、
今の時代に耐えうる形へ“更新”する試みだ。

奪い合う採用から、選ばれ続ける採用へ。
囲い込む戦略から、関係が循環する戦略へ。

2026年からの採用戦略を、ここから考えていきたい。

なぜ「ウォー・フォー・タレント」は生まれたのか

「ウォー・フォー・タレント(The War for Talent)」という言葉が生まれたのは、
1990年代後半、マッキンゼー・アンド・カンパニーの調査と提言がきっかけだった。

当時、多くの企業に共通していた前提がある。
それは——
人材は重要だが、経営の最優先事項ではない、という暗黙の理解だ。

採用は人事の仕事。
育成は研修部門の仕事。
経営は、事業と数字を見る。

その分業構造に、マッキンゼーは明確に異を唱えた。

企業の競争力を決めるのは、戦略やプロダクトではない。
それを実行する「人」だ。

この主張は、当時としてはかなり挑戦的だった。

ウォー・フォー・タレントが提示した最大の功績は、
人材を「経営のど真ん中」に引き上げたことにある。

  • 優秀な人材は偶然集まるものではない

  • 採用・育成・配置は戦略的に設計されるべきもの

  • 人材の質と量が、企業の将来を左右する

そして何より重要なのが、
Talent Mindset(タレント・マインドセット)という考え方だ。

人材は人事の責任ではない。
経営者と現場マネジメントの責任である。

誰を採るのか。
誰を育てるのか。
誰を次の重要ポジションに置くのか。

これらを経営会議の議題に引き上げたこと自体が、
ウォー・フォー・タレントの最大のレガシーだと言っていい。

ここまでは、2026年の今でも、まったく色あせていない。

むしろ——
多くの企業はいまだに、ここまで到達できていない
というのが現実かもしれない。

だからこそ、はっきり言える。

この思想は、今も正しい。

ただし。

問題は、ここからだ。

この思想が生まれた時代と、
私たちが立っている2026年の地面は、
あまりにも違いすぎる。

人材の動き方。
働き方。
会社と個人の関係性。

それらすべての前提条件が、
完全に変わってしまった。

次章では、その「前提の変化」を直視する。
ウォー・フォー・タレントが想定していなかった、
2026年の採用の現実について。

2026年の現実|人材獲得競争は「激化」ではなく「変質」した

採用がうまくいかない理由を、
「景気が悪いから」「業界が厳しいから」と片付けてしまうのは簡単だ。

だが、2026年の採用環境を冷静に見渡すと、
そこには一時的な不調では説明できない構造が横たわっている。

1. 構造的な人材不足

まず押さえておくべきなのは、
この問題が循環ではなく、不可逆のトレンドだという点だ。

日本はすでに、
2010年をピークに人口減少局面へ入っている。

それに伴い、労働人口も減り続けている。
この流れは、景気の良し悪しとは無関係に進行している。

企業が成長しようとすれば、人材は必要になる。
一方で、働き手の母数は確実に縮んでいく。

結果として起きているのが、
人材獲得競争の恒常化だ。

有効求人倍率は上昇を続け、
「募集すれば人が集まる」という前提は、すでに崩れている。

これは、
・一部の業界だけの話ではない
・一時的な人手不足でもない

構造として、人が足りない時代に入った
という事実を示している。

ここで重要なのは、
この状況が「これから改善する見込みがある問題」ではない、という点だ。

少子高齢化は、政策や景気で簡単に反転しない。
労働人口も、急に増えることはない。

つまり私たちは、
人が足りない状態を前提に、企業経営と採用を設計し直す時代
に入っている。

これは一時的な景気要因ではない。構造問題である。

だからこそ、
「より条件を良くすれば勝てる」
「広告費を増やせば何とかなる」
といった発想は、次第に通用しなくなっていく。

人材獲得競争は、
激しくなったのではない。

質そのものが変わってしまった。

2. 75%は「転職活動をしていない」という現実

構造的な人材不足に加えて、
採用をさらに難しくしている現実がある。

転職市場に、そもそも人がいない。

日本の正社員のうち、
約75%は転職活動を行っていない層だと言われている。

内訳を見ると、さらに状況ははっきりする。

  • 45%:転職活動はしていないが、話を聞くことには前向き

  • 15%:情報収集のみ

  • 15%:現在の仕事に満足しており、転職するつもりはない

つまり、
今まさに転職先を探している“顕在層”は、全体の25%にすぎない。

それでも多くの企業は、
求人広告を出し、
人材紹介会社に依存し、
この25%の中で、同じ戦いを続けている。

当然、競争は激しくなる。
条件勝負になり、
スピード勝負になり、
消耗戦になる。

一方で、
市場の外側には、圧倒的多数の人材が存在している。

彼らは転職を考えていない。
しかし——
キャリアの話をする余地はある。
将来の可能性に、耳を傾ける余地はある。

ここに、2026年の採用の分水嶺がある。

もはや「求人広告を出して待つ戦争」は成立しない。

採用の主戦場は、
応募が集まる場所から、
まだ意思決定されていない場所へ移っている。

採用市場にいない人材を、どう動かすか。

それが2026年の「戦争」の正体だ。

この現実を前にすると、
「採用手法を少し改善する」といった対応では足りない。

必要なのは、
戦い方そのものの更新である。

旧・採用戦略が限界を迎えた理由

これまで多くの企業が採ってきた採用戦略は、
決して間違っていたわけではない。

むしろ、それはある時代においては合理的なやり方だった。

これまでの採用

欠員が出たら、探す。
人が辞めたら、補充する。

面接は、応募者を「絞り込む場」。
誰を落とすか、誰を残すかを判断する工程だった。

報酬レンジはあらかじめ決められており、
その枠の中で条件が合う人を探す。

採用は、人事の仕事。
現場は面接に同席するが、基本的には“協力者”の立場だった。

このモデルは、
・人材の供給が一定数あり
・転職が今ほど一般的ではなく
・企業が「選ぶ側」でいられた時代
には、十分に機能していた。

しかし、前章で見たとおり、
2026年の前提条件は大きく変わっている。

人は足りない。
しかも、転職市場に出ている人は全体の一部にすぎない。

この状況で、
「欠員が出たら探す」
「応募が来るのを待つ」
という発想のままでは、後手に回るのは必然だ。

そこで、採用の考え方は、少しずつ変わり始めている。

これからの採用

欠員が出てから動くのではなく、
常に優秀な人材を追跡し、関係を持ち続ける。

面接は、評価の場であると同時に、
自社を伝え、未来を描く「売り込みの場」になる。

求人広告や紹介会社だけでなく、
求職者ではない人材にも直接アプローチする。

そして何より、
採用は人事部門だけの仕事ではなく、
経営そのものの機能として扱われるようになる。

ここで誤解してはいけないのは、
「昔のやり方がダメだった」という話ではない、ということだ。

問題は、
戦場が変わったにもかかわらず、戦い方を変えていないことにある。

ウォー・フォー・タレントは終わっていない。
ただし、戦場が変わった。

人材を奪い合う競争そのものは、今も続いている。
だが、その主戦場は——
求人票の並ぶ市場から、
人と人との関係が育つ場所へと移行している。

新ウォー・フォー・タレント①

採用は「点」ではなく「線」で設計せよ

これまでの採用は、
多くの場合「点」で設計されてきた。

募集を出す。
応募が来る。
面接をする。
内定を出す。

ひとつひとつは正しい。
だが、それらは断片的なイベントとして扱われてきた。

しかし、2026年の採用環境では、
この「点の積み重ね」は、もはや十分に機能しない。

なぜなら——
人材の多くが、その“点”の場に現れないからだ。

前章で触れたとおり、
転職市場に出ていない人材が圧倒的多数を占めている。

彼らは、応募してこない。
面接にも現れない。
求人票も、そもそも見ていない。

それでも彼らは、
企業と無関係な存在ではない。

話を聞く余地はある。
キャリアを考える余白はある。
環境次第で、意思が動く可能性もある。

ここで、採用の設計思想そのものを見直す必要が出てくる。

採用を「点」から「線」で捉える思想

— 評価軸の転換:選考(断続的)から関係構築(連続的)へ —

横軸:時間軸の経過 →

【上段】従来型採用(断続的)

応募

面接

内定

各ステップが分離し、「点」で区切られた選考機会として扱われます。

【下段】関係構築型採用(連続的)

1

出会う

2

知り合う

3

語り合う

4

確かめ合う

プロセス全体が一連の流れとなり、相互理解を深めながら「線」として関係を構築します。

思想理解を助ける対比

「点」の採用

  • 目的:合格/不合格の判断
  • 行動:評価・選別
  • 結果:ミスマッチの可能性

「線」の採用

  • 目的:相互理解と信頼の醸成
  • 行動:対話・伴走
  • 結果:エンゲージメントの向上

出会う

最初は、ただ知るだけでいい。
会社の存在を知り、
人の存在を知り、
価値観に触れる。

この時点で、意思決定は起きていない。

知り合う

少しずつ、距離が縮まる。
事業の話をし、
仕事の話をし、
互いの背景を知る。

ここでも、まだ結論は出ていない。

語り合う

期待と不安を言葉にする。
できること、できないことを確認する。
未来のイメージを、少し具体化する。

この段階で、初めて「選択肢」として意識され始める。

確かめ合う

最終的に、
この場所で働く意味があるのか。
この関係を続けたいのか。

ここで初めて、意思決定が起きる。

この一連の流れは、
応募 → 面接 → 内定
という一直線のプロセスとは、明らかに異なる。

それは、
出会いから意思決定までを一本の線として捉える設計だ。

採用はイベントではなく、関係のプロセスである。

タレントプールやダイレクトリクルーティング、
潜在層へのアプローチが注目されている理由も、
突き詰めればここにある。

それらは単なる手法ではない。
「人は、関係の中でしか動かない」
という前提に立った設計思想だ。

2026年のウォー・フォー・タレントは、
いかに多くの応募を集めるか、ではない。

いかに多くの人と、
時間をかけて関係を育てられるか。

戦い方は、
確実に変わっている。

新ウォー・フォー・タレント②

面接は「見極め」ではなく「未来のシミュレーション」

多くの企業にとって、
面接はいまだに「見極めの場」だ。

スキルは足りているか。
カルチャーに合うか。
期待した成果を出せそうか。

もちろん、それらは重要だ。
だが2026年の採用において、
見極めだけに偏った面接は、機能不全を起こしやすい。

なぜなら、
優秀な人材ほど、面接の場でこう考えているからだ。

—— この会社で、どんな未来が待っているのか。
—— ここに身を置く意味はあるのか。

つまり面接とは、
一方的に評価する場ではない。

面接官は「評価する側」であると同時に、「評価される側」でもある。

この前提を取り違えた瞬間、
面接はただの選別作業になる。

採用活動を「マーケティング」と捉える、
という考え方がある。

ここで言うマーケティングとは、
言葉を盛ることでも、良く見せることでもない。

「この選択をした先に、どんな体験があるのか」を、
具体的に想像できる状態をつくること。

これが、2026年の面接に求められる役割だ。

だから、焦点は「見極め」から「意向形成」へ移る。

・この仕事を通じて、何が変わるのか
・最初の一年で、どんな壁にぶつかるのか
・どんな人が、どんな距離感で関わるのか
・うまくいかない時、何が起きるのか

都合のいい未来だけを描くのではない。
現実も含めて、未来を一緒にシミュレーションする。

「口説きのスタンス」や「ストーリー設計」とは、
相手を説得する技術ではない。

それは、
候補者が自分自身で納得するための材料を、
順序立てて差し出す行為
だ。

だからこそ、
選考は一度きりの勝負ではなく、段階的に進められる。

出会う。
語り合う。
確かめ合う。

その中で、意向は少しずつ醸成されていく。

採用成功とは、ミスマッチをゼロにすることではない。
納得して選んでもらうことだ。

納得して選ばれた選択は、
簡単には揺らがない。

2026年のウォー・フォー・タレントにおいて、
面接は“選ぶ場”である前に、
未来を共有する場へと役割を変えている。

新ウォー・フォー・タレント③

採用チームは“作業部隊”から“未来設計部隊”へ

採用の考え方が変われば、
当然、採用を担う組織のあり方も変わる。

だが現実には、
採用チームの位置づけだけが、過去に取り残されている企業も少なくない。

旧・採用チームの役割

これまで多くの企業で、採用は次のように扱われてきた。

人事部の中の一機能。
新卒採用チームは、若手に経験を積ませるための“登竜門”。
数年担当したら、別部署へローテーション。

業務の中心は、
・求人票の作成
・エージェント対応
・面接日程の調整
といったオペレーション。

もちろん、これらは必要な仕事だ。
だが、ここに採用の役割を閉じ込めてしまうと、
ある問題が必ず起きる。

「どんな人材を、なぜ採るのか」が、誰の責任でもなくなる。

未来の事業に、どんなスキルが必要か。
どんな人が、どんな役割で活躍するのか。
それを言語化し、現場とすり合わせる機能が欠けてしまう。

結果として、採用は「補充作業」になる。

新・採用チームの役割

2026年の採用において、
採用チームは明確に役割を変えつつある。

キーワードは Talent Acquisition
単なる採用実務ではなく、
「未来に必要な人材を定義し、獲得する機能」だ。

  • 事業戦略と接続し、将来必要な人材像を描く

  • 現場と対話しながら、人材要件をアップデートする

  • 市場を理解し、どこに人材がいるのかを把握する

  • 採用プロセス全体を設計し、改善する

ここでの採用チームは、
現場の“下請け”でも、単なる調整役でもない。

経営と現場をつなぐ、戦略的なハブとして機能する。

この流れはスタートアップだけの話ではない。
大手企業や伝統的な企業でも、
採用を専門組織として再設計する動きが進んでいる。

ここで重要なのは、
採用チームを「強化する」ことではない。

採用チームに、どんな役割を担わせるかを決めることだ。

2026年、採用は専門職であり、戦略職だ。

人材獲得競争が「変質」した今、
採用をオペレーションのままにしておく企業は、
戦場に地図を持たずに立つことになる。

奪わなかった会社が、生き残る

これまで見てきたように、
人材獲得競争は終わっていない。

ただしそれは、
かつて語られた「奪い合い」とは、まったく別の姿をしている。

条件を上げれば勝てるわけでもない。
スピードを上げれば解決するわけでもない。
採用手法を一つ増やせば、状況が好転するわけでもない。

問われているのは、
人と、どう向き合っているかだ。

人は、もはや企業に所有されない。
キャリアも、時間も、意思決定も、個人の側にある。

そんな時代において、
人を囲い込もうとする企業は、
短期的に勝てたとしても、長くは続かない。

優秀な人材を奪い合う時代は終わった。

これから残るのは、
「この場所を選んでよかった」と
何度も思わせられる会社だ。

選ばれる理由は、
派手な言葉や、きれいな制度だけでは生まれない。

日々の関わり方。
伝え方。
期待の置き方。
失敗したときの扱い方。

そうした一つひとつの体験が積み重なり、
「またここを選びたい」という感覚になる。

新しいウォー・フォー・タレントとは、
人を囲い込む戦争ではない。

関係を育て続ける戦争だ。

採用とは、
誰かを獲得する行為ではない。

関係を始める行為であり、
関係を続ける意思表示だ。

2026年からの採用戦略は、
奪うことではなく、
選ばれ続けることに向かっていく。

静かで、時間のかかる戦いだ。
だが、その戦い方を選んだ企業だけが、
この先も、人とともに進んでいける。

  • この記事を書いた人

まっきー

「マキログ」は、身体を鍛え、心を整え、思考を磨く——そんな“日々の実験”を記録するブログです。 本の要約や海外インフルエンサーの翻訳を通して、内側から人生を整えていく感覚を綴っています。

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